とあるBARの物語(中編)

 僕の隣に座った男は細面で角刈り。ぱっと見、山本ジョージの様な雰囲気をかもし出している。
片やもう一人は大きな体に立派なあごひげを蓄えて、まさに「クマゴロー」って感じの男だ。
その風貌の割には物静かな礼儀正しい態度で、どちらかというと、「ジョージ」の世話役って感じかな?
まぁ、どちらにしても見た目だけは十分にガラの悪い二人だ。

「いや〜、今日は気分がいいよ」
ジョージ(仮名)は会話の途中に何度かこの言葉を口にした。
いい感じで酔っているのだろう。うっすらと目の周りが赤いのと、「クマゴロー」(仮名)のリアクションを見ていれば、彼が普段はこんなに弁舌家でないことは想像がつく。

もっぱら人生論のような(?)話が続いていたが、僕は別にからまれるという程のことは無く、マスターを囲んだ男3人の会話はそれなりの盛り上がりを見せていた。(ちゃんと、マスターは判っていたんだ)。

そのうちに話は酒の事についてシフトしていった。
ジョージ達の目の前にはシングルモルトが並んでいる。
「ウイスキーが好きだって言ってたけど、俺の飲んでるこのモルト、何だと思う?」
「さぁ...何を飲んでるんですか?」
「ダルウィニーっていうやつさ」ジョージはにこりと笑った。

『あぁ、ダルウィニーなら知っている。ハイランドのモルトだ。確か、ブラック&ホワイトの原酒だったかな? 前に飲んだときはそれほどパッとした印象は無かったよなぁ。そんなに自慢げに言うほどの酒じゃないじゃん。』
頭の中でそんなことを思っていると、

「マスター、彼にもコレと同じものを出してあげて」と、ジョージ
「はい、かしこまりました」

「いえ、だいじょぶです、けっこうです。そんな...」と、僕がこまねいていると、
「いいんだよ、俺がご馳走したいから言ってんだ。まぁ、飲んでみなよ」
「ハァ...。じゃあ、お言葉に甘えて..」

マスターは徐にシングルモルトのテイスティング用に使うチューリップ型のグラスを取り出した。そしてダルウィニーのボトルをカウンターに置く。

「あれ?マスター、ダルウィニーってボトル変わったんですか?僕の知ってるのと違うんですけど」
するとマスターはちょっぴり「してやったり」という茶目っ気のある顔になってこういった。
「これはねぇ、1960年代のダルウィニーなんだよ。所謂、オールドボトルだね。」
その時、僕の目は赤塚不二夫の漫画張りに飛び出た。
「マジっすか?30年以上前の酒じゃないですか。ということはこの酒を仕込んだのは50年以上前ってことになる。...そんなすごい酒、頂いちゃっていいんですか?」

「うちでもよっぽどモルトを好きなお客様にしか勧めないよ。なにせ、値段はあってないようなものだから。」
グラスに注がれたモルトをマスターが揺らすと、なんとも言えない芳香がまるで香水を振りまいたかのように店中に充満した。

恐る恐るグラスを持ち上げ、その液体を口に含む。
酒は不思議だ。甘みや渋み、辛さ、しょっぱさ。そこには人間の舌が識別できるであろうあらゆる味が含まれている。
こんな飲み物が他にあるだろうか?。
よく、酒の味を評価する時に、「上等のブランデーの様」なんて言う人がいるが、僕にしてみれば「何をか言わんや」だ。
少なくとも、こいつの前にはどんなブランデーも、ワインもひれ伏す。
無骨なまでのスコティッシュが作り上げた歴史とプライド。「完璧」な飲み物がここにあった。

「どうだい?」
目を白黒させてモルトを飲む僕に向かって、ジョージが問いかける。
「すごいです。上手く言えないけど、こんなモルトは初めてです。」
「そうか、そいつは良かった。今日俺がココで君に話したことはいずれ忘れるだろう。でも君が今飲んだこの酒の味はたぶん、ずっと忘れない。そいつがうれしいよ。」

いつの間にか、ジョージの目は酔っっぱらいのそれとは違っていた...。
「いいかい、この酒が一杯3千円したとする。そいつを高いと思うか安いと思うか、それは人しだいだ。安い酒を3千円分飲むのもいいだろう。
 だけど、俺はこの酒が3千円は安いと思った。そしてこのすごい酒を是非若い奴らにも飲んでもらいたいと思ったんだ。だからご馳走したまでさ。」
そして最後にジョージはこうも言った。
「よその店じゃ、ショット1万は取られるよ。それだけでもいかにこのBARがすごいかわかるだろう?」

「いや〜..」マスターは照れくさそうに笑っている。

僕は幾分酔いつつも、しっかりとジョージの話を聞こうと思った。そして、最初うざったいなんて思ったことを心で詫び、つくづく「人は見かけによらないものだ」と、のぼせた自分に反省していたんだ....。

                     ....つづく
2005/03/09(Wed) 19:02:50 | 日記
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JOE
シンガーソングマスターやってます

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