栄光と影

昨日、近所の小さなデイサービス・センター(老人介護施設)に一人の歌うたいがやってきた。

予定より30分ほど送れた頃
たった一人でギターケースを抱え、ツアーケースを引きずりながら彼はやってきた。
水色のセーターにベージュのチノパン。
どこにでもいるありふれたおっさんという印象。
アーティストや「その手」の人たちが醸し出すオーラはまったくといっていいほど感じられず、その背中からはなんともいえない悲壮感(?)のようなものが漂っていた。

その男は会場に着くなり、簡単に挨拶を済ますと、そこにあった備え付けのCDプレイヤーで持ってきた自分のCDを流し、オベーションのガットギターを取り出して会場のお粗末な音響設備につないだ。
近所の人が用意したマイクスタンドが壊れていたらしく、「スタンドが壊れてるんですけど」と言っていたが、特に誰も取り繕う様子は見受けられず、しぶしぶ彼は一人、セッティングに悪戦苦闘していた。
僕はその様子を複雑な心境でじっと見ていた。
会場にはスタッフやお年寄りの方々を含め30人ほどいただろうか。
関係者以外で見に来ていたのは僕だけだった。


1997年12月31日。
メジャーデビューから約2年で日本人初の東京ドーム3DAYS公演を成功させるなど、数々の伝説を残し、日本の音楽シーンの頂点に登りつめたバンドが解散した。

「X JAPAN」

僕の目の前で細々とセッティングをしている男はそのバンドの元ボーカル。

「Toshi」だった。

彼を見るのは2度目になる。
彼が今どういう活動をしているのかも知っているし、その活動を賞賛する気も僕には無い。
僕が興味があるのは彼のボーカリストとしての力。
かつては何十万人という観衆の心を魅了して止まなかった彼の声をもう一度「生」で聴いてみたかった。

その日、彼は計3曲を歌い、30分ほどのミニライブは終了した。

ライブが終わり、しばし写真撮影などをこなすと、彼の一番の収入源であり、目的であるCD販売。
が、しかし一人の方が買っただけで、他は売れなかった。
それをすますと、彼はまた挨拶もそぞろに、そそくさと次の会場へ向かっていった。

声をかければ普通に話すことは出来ただろうが、僕はついに彼と話すことは無かった。
話すことが無かった。という方が近いかもしれない。

複雑な思いだけが胸に残ってしまった。

かつての眩いばかりの栄光。その一切を捨てた現在。

ドロドロとした音楽業界に辟易し、足を洗う話は珍しくも無い。
が、彼の場合は少し衝撃的過ぎた。
人気絶頂期での脱退。その後の自己開発セミナー団体とのつながり...。

いっしょにライブを見ていた連れがこう言っていた。
「何もかも捨てて、大好きな音楽の道で地道に活動していることに心から幸せを感じているのなら、もっとうれしそうなオーラが出てていいはずなのにね」

そうなんだ。
彼からは幸せ感や、充実感、生き生きとしたエネルギーがまったく感じられず、彼のしているそれは正に「修行」のイメージを僕に植え付けた。
彼はとても弱い心の持ち主なのかもしれない。
そして、きっと人と接するのがとても怖いんだろう。
誰かの為、人の為とは言いつつも、実のところは自分が一番救われたくて、癒されたくて歌っているんだろうな。
そう思うと、切なくて、哀れでいたたまれなくなる。

あれだけの声の力があるからなおさらなのだ。

1曲目の出だしの声を聞いた瞬間に僕は涙が出そうになった。
メロディでも詩でもない。彼の「声」に感動したのだ。
彼の声はいささかも衰えることは無く、そして歌っているその瞬間、オーラは輝きを増していた。
十万人の心を一瞬で捕らえて離さない「声」。
百万人を感動させることが出来る「声」。
本物のボーカリスト。

彼がその気になればいつでもすぐ戻れるだろう。
その声の持ち主が、こんなところで細々と歌ってるなんて...。
本当に世の中に貢献したいなら、もう一度音楽シーンに戻って莫大な金を稼ぎ、その全てを寄付した方がよっぽど世のために貢献できるだろう。彼はそれが出来る人間なのに、それをしない。
そう考えるとやっぱり彼は今、自分の為に歌っているんだろうな。

ライブ中、音楽も詩も解らずに聞いていたおばあちゃんが「涙が出てしょうがない。」といって、終始泣いていた。

今、彼の魂は「サランラップ」がかかったようなもどかしい状態かもしれないが、人の心を打つ「声」だけはまだ残っている。
それが救いといえば救いかもしれないが...。

良くも悪くも彼は、「唄う」ということはどういうことか?の問いを僕の心に深く残したまま、一人静かに去っていってしまったんだ。
2006/02/17(Thu) 15:14:12 | 日記
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JOE
シンガーソングマスターやってます

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